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私は、日本コリア半島中国文化圏の三者を含む、東北アジア文化圏に、最大の関心を持っています。

この地域が相互に理解を深め、互いの文化を尊敬し、それによって経済的繁栄と恒久平和が実現されることを、望んでいます。

そして、そのことによって、人類史において極めてユニークな文明であるこの地域が、人類の英知の発展と美しい地球の保全に偉大な貢献を成す日を、夢見ています。

2014年07月02日

『ロシアとソ連』下斗米伸夫

ロシア史の基礎知識がないと読み切れない本だが、日本人のロシア国家観をくつがえしかねない面白い視点でまとめた著作であった。
ロシア正教には、古儀式派(スタロオブリャドトツイ)と呼ばれる非主流派がある。17世紀のピーメンのロシア正教改革に反対して、ロシア帝国当局から不服従教徒として断続的に弾圧を受け続けてきたセクトである。私は、この古儀式派のことがドストエフスキー『罪と罰』において主人公ラスコリニコフの物語での役割を象徴していたこと、あるいはロシア革命前に成長した大資本家たちが大方この古儀式派から出てきたこと、そのぐらいしか知るところがなかった。この著作では、この古儀式派がロシアの国家観において当局が掲げる正教世界を統合するリーダーとしてのウルトラナショナリズムに対抗して、ロシア土着の宗教を守る保守主義を保ち続け、宗教的敬虔主義により勤勉・蓄財の担い手となり、権力から距離を置く立場から相互扶助の精神を育てて、これが下からのロシア革命運動の原動力となったこと、さらに遠く時を離れて1991年のソ連解体・ロシア復活の瞬間に、上からのソ連帝国を否定して下からのロシア国家復活に向けての運動の思想的背景となったであろうこと、これらの近代ロシアソ連史に果たした決定的に重要な意義が叙述されている。著者は、エリツィンもプーチンもそのルーツはおそらく古儀式派であろうと示唆してこの本を締める。

すると、正教世界のリーダーとしてウルトラナショナリズムを掲げたかつてのロシア帝国、そしてコミュニズムを掲げて世界を変革しようとしたソ連帝国は、それらに対抗するロシア土着の宗教と文化を守ろうとする古儀式派の保守主義を抑圧した国家思想の下で運営されていたということになる。それに対してエリツィン、それを継いだプーチンが保守的なロシア主義に立つ国家観の持ち主であるとすれば、現代目の前にあるロシア共和国の行動原理は、ソ連とは全く異なっている。ロシアの領域を守りロシアの伝統を守ることには敏感であるが、他の国にまで領域を広めて征服するウルトラナショナリズムには訴えることはないであろう。ロシアの権益を守る手法は乱暴であるが、かつてのソ連帝国の領土復活を目指しているかといえば、そうではないということになる。

類似した大陸国家である中華人民共和国は、その始原の国家統合原理は五族協和である。漢・満・蒙・回・蔵の五族を包摂したテリトリーを清帝国は保有していた。また清帝国は中国の皇帝でありかつ周辺地域のハーンであるという二重の正当性をもって、その版図を支配していた。

それを受け継いだ中華人民共和国は、清帝国とは違うテリトリー保持のイデオロギーとして五族を混交した「中華民族」を掲げた。テリトリー内部に住まう住民を民族として下分類し、その上位に統合する大民族として中華民族を置く。これはスターリンの民族政策の引き写しであった。

現在の中国は、国家統合のイデオロギーとしての中華民族が試されている。ウイグル人のテロは、政府が五族を対等に扱っておらずに非漢族の間に不平等感が広がっていて、中華民族に亀裂が生じかねない危機に面している事態が浮上し始めていることを示しいてる。

今後の中国の動向であるが、彼らが中華民族のイデオロギーを保守するのであれば、周辺諸国は限定的な紛争はあれど、独立が脅かされることはないであろう。ただし、そのためには指導者が中華民族のイデオロギーを誠実に実行し、非漢族を差別しない政策を真剣に遂行する必要がある。

別の道として、指導者が中華帝国を掲げる可能性もある。中華帝国は、ウルトラナショナリズムである。これは周辺諸国の侵略を正当化するイデオロギーであり、極めて危険である。もし国内の亀裂を治めきれず、経済の矛盾を治めきれないならば、彼らはウルトラナショナリズムによって矛盾を飛び越えようとするかもしれない。だがそれは、結局彼らの解体に必ずつながるであろう。五族協和思想を共有せず、毛沢東を建国者として認めない台湾を彼らがどう扱うかが、まず躓きの石である。

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2014年06月27日

『新・帝国主義の時代 右巻』佐藤優

「陽に忠君愛国を説いて陰に私利を営むような教育家はかえって沖縄人のこの最大欠点を増長させるばかりである』(伊波普猷の言、p12)

裏表のない教育者を輸出することは、大日本帝国の植民地経営の根幹をなす手段であった。(例:台湾)

今の統治者の多くは表は善言を言い裏では私利私欲に走る。あるいは表であからさまに私利私欲を言うのが正直者である。これでは内にも外にも人をひきつけることはできぬ。

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2014年06月26日

『昭和天皇とワシントンを結んだ男』青木冨貴子

カーンこそは、占領期から戦後の日本政治の舞台裏で暗躍した黒幕で、保守本流の政権維持を裏から支えた知られざる”工作者”だったと日本の新聞は報じた。(p21)

戦後日本は、アメリカ、ソ中の謀略の草刈場であったことであろう。小泉政権時における鈴木宗男事件の背後にアメリカの意図があったことは、十分に予想される。鈴木氏と外務省一派は、中央アジアにおいて米ロの間のバランサーとして日本が振舞う道を模索しようとしていた。アメリカがこれを嫌ったことは、想像できる。

渡辺武日記

(ダレス)ロシア人の性格は、ヒトラーなどとちがって、じっくり将棋を指すようなやり方で、勝算のない戦争はやらないと思う、、、現在の戦力は五対一くらいでアメリカの優位である。これが続く限り戦争はない。もし西独および日本がロシアの手に落ちた場合、この比率がロシアの有利となり、戦争の危機にさらされる。したがって、アメリカは日独をロシアの手に委ねることはできない。

当時のソ連は、コミンフォルムを通じた宣伝戦を用いて、西側諸国の世論を反米親ソに向けて駒を進める手段があった。今の中国は、外国に宣伝戦を仕掛ける手段がない。日本としては、①中+露のブロックを阻止することによって、東アジアでの中国の覇権をかわす、あるいは②日+米のブロックを強固に留めて、中国が手を出せないようにする、この二つの課題を平行して進めることが理想であろう。


パケナムは、日本人の好んだ「アジアのスイスたれ」は、一億玉砕などを叫んだ戦前のスローガン同様のたわごとであり、日本独特の不合理であると苛立ちをかくさずに記している(p138)

当時の日本世論「アジアのスイスたれ」をマッカーサーが支持していた理由は、沖縄に恒久的な米軍基地を置くからであった。もしマッカーサー案が実現していたら、戦後日本はどうなったであろうか-沖縄は、必ず別の国となっていたに違いない。極東のキューバ・ニカラグアと化して、さらにベトナム戦争化していた可能性もあったであろう。その可能性を捨てたのが、今の戦後日本である。

日本は、沖縄と一体となって共に現実的な安全保障を構築する責務があるだろう。

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2014年06月25日

松本俊一『モスクワにかける虹』

対日平和条約草案に対するソ連側の修正点(一九五一年九月五日)

一、第二条に対しては
「日本国は、、、東沙島、南沙群島、、、新南群島に対する中華人民共和国の完全なる主権を認め、ここに掲げた地域に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」

いわゆる西沙・南沙諸島は1938年に日本が領有宣言したものである。これをサンフランシスコ条約で放棄したことになるが、ソ連案では中華人民共和国が継承することになっている。実際は戦後直後に民国が領有宣言し、サンフランシスコ条約後の1956年に南ヴェトナムが領有宣言した。中共政府の領有権主張は1973年からである。

尖閣・西沙南沙諸島に対する中共政府の領有権主張は、日本の敗戦による日本支配領土の再定義時点において中華民国が領有権ありと主張した領域を継承したものである点である。この主張は、中共が台湾を自国領と主張していることと一体であることがわかる。これらの主張は、太平洋戦後直後に起こった日本領土からの取り分を継続して主張していることにある。その主張に武力を用いていることは、国際紛争の平和的解決を目指すべき国連常任理事国の行うべきことでなく、互いに覇権を目指さないと宣言した日中条約の文言にも違背する。

中共政府の外務筋が近年沖縄列島の日本領有権に疑問を呈しているような主張を一部散見するが、これは太平洋戦後に作られた秩序の破壊再編成を目論む主張であって、上の諸島の主張とは全く別次元の、国際秩序破壊的な構想であると考えなければならない。

松本外交官のメモワールを読むと、外交に必要なのは一に政治家のビジョンと決意、二に実務外交官の国益を守らんとする意思と交渉相手と粘り強く話し合う対話力であろう。河野農相が外交の素人であるにもかかわらずソ連首脳と堂々と交渉する力を見せたことに松本外交官は感嘆している。意思・知識・それから人間としての度量。これらが必要だということだ。2002年の日朝交渉との落差は大きかった。

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2013年06月14日

『福沢諭吉の哲学』丸山真男

「当時の民権派の政府攻撃の心情のなかに濃く流れている反近代的精神として福沢の敏感な神経に触れたのは単にその公式主義や極端主義ばかりではなかった。民権論者がひたすら専制政府の打倒と政権の獲得に全エネルギーを集中する程度、その政治万能主義と中央権力への凝集傾向それ自体、福沢においては『権力の偏重』の倒錯的表現であり、政治的権力に一切の社会的価値が集中している社会における必然的な随伴現象であった。」(丸山真男集第三巻、p190)

柄谷が福沢の脱亜論を明治国家のアジア主義vs西洋主義の二基軸の一方の表象として切って捨てた視点と、丸山の福沢への視点は大きく異なる。丸山は福沢をプラグマチストとして評価し、日本が当面する時事問題について、日本の発展段階に即して論評しようと試み空理空論を斥けたのであって、結果として明治十四年以降の福沢がより国権尊重を論じたまでにすぎない、と評価する。福沢は当時の日本においてはまだ大衆の中に知徳がいきわたっている段階ではない、とみなしていたゆえに自由民権運動への醒めた評価を下し、より実業の精神を持った民間活動家の育成を目指したのだ、と丸山は論じる。それは、丸山が戦後の大衆に求めた覚醒への期待と、二重写しであったと言えるだろう。

現在の日本の状況は、嘆かわしいのであろうか。
現在の日本大衆は、もはや中央権力への凝集傾向など存在しない。各人がめいめいに意見を持って日常生活を送っており、ゆえに政治の求心力はこれ以上ないまでに地に落ちている。大衆は、成熟しているのである。これは、前近代王朝における衰退期社会の気力減退とは似て非なるもののように思われる。衰退期の王朝で起こった中央権力の求心力の減退が現代日本で見られるどころの騒ぎではない。現代日本において、国家への求心力は強固に保持されている。ただ、それを活用する枠組みが従来の代議制民主制+官僚制において見つけられていないだけである。現代日本のような社会は、いまだかって人類の歴史の中で起こったことがない。

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2013年06月13日

『ラッセル「西洋哲学史」(近世)を読む』丸山真男

「いや、本家本元だから、かえってその点の理論的反省がないんじゃないか。英国の自由主義だって無論国民的一体性の背景の上に主張されているんだが、その一体性が早くから確保され、海上権の優越によって強固に保証されていたために、その前提が強く意識にのぼらず、専ら国家からの自由という世界市民的遠心的傾向を表面に出してきたんだと思う。その点になるとフランスやドイツの様に、外的圧迫からの国民的独立に苦しんだところでは、近代的自由の持っている構成的積極的契機は一層鋭く自覚せられざるをえない。こうして、”自由”の立ち遅れているところにかえって、”自由”の理論的堀下げが行われることになるのだ。」(丸山真男集第三巻、p74)

丸山は『超国家主義の論理と心理』『日本の思想』などによって日本思想の異常性を指摘して、戦後論壇のスターとなった。戦前を糾弾し反省するという戦後論壇の至上命題に丸山の著作が明快に答えたからこそ、彼は知識人たちに広く読まれ信奉されることとなった。

竹内洋『丸山真男の時代』に引用された山口定の丸山批判は、文化衝撃が東アジア固有の問題でありヨーロッパには存在しない、という丸山の開国議論の主張を取り上げて、それがヨーロッパ後進国では全く通用しないというドイツ史家からの指摘であったという。

しかし、上のラッセルへの書評において、英国紳士ラッセルの大陸哲学評価があまりにも先進国である英米からの偏見に捉われすぎている、と苦言を呈している丸山は、英米以外のヨーロッパ諸国の思想が後進的であるから取らずにはいられなかった「ナショナリズム」と「リベラリズム」が双生児であるという常識を持っていること、それが英米という先進的立場の論者は理解しようともしない、というヨーロッパ内部での落差に、十分気が付いている。

丸山は、戦後論壇の至上命題に自らの主張を一致させて、思想界をリードした。そのために、竹内が言うとおりジャーナリズム的立場に足を突っ込んで、戦前日本の異常性を強調することに注力した。それは、同じく大学生活から引き抜かれて戦争を体験して復員していた司馬遼太郎の歴史観と、完全にパラレルなものである。丸山が江戸時代思想、および福沢諭吉や陸羯南に後の歴史において成長できなかった近代思想を見る視座は、司馬が幕末明治の群像たちに後世に消えてしまった偉大な日本人を見出そうとした視座と、寸分違いがない。両者が戦後人に及ぼした影響は、多くの批判を超えて大きい。

だが、平成20年代となった現在においてひとまず回顧するならば、私が思うに明治以降昭和戦前までの日本がおかれた状況は、やはり外国との相対的地位によって主に決定付けられたものと見るべきであり、あまり日本の異常性・特殊性を強調しすぎる視座は、それも戦後日本に求められた戦前糾弾論に制約されている、と言うべきであろう。戦前日本もまた、ドイツなどの後進ヨーロッパ諸国と同様に、国民権利の進展と国力の増大を天秤にかけて成長せざるをえなかったことは、両者は大同小異であったと総括してよいのではないいか。現在、かつての日本が捉われていた同様の病気に韓国と中国が感染している。彼らは米国と日本のことを神経症的に気にかけていて、何とかこれらを精神的に無化するために、世界の進歩への献身という国連主義に代表される普遍的原理の追求に向かわず、かえって偏狭なナショナリズムを基本軸にしてそこから自己正当化の論理を紡ぎ出すというかつての日本国家主義者と同じ方向に向かっている。それは、かつての日本の思想的傾向と全く同じである。(彼らもとうぜん主観的には普遍性を目指している、と思っているであろう。だが、それが真の普遍的思想と違う点は、他国に彼らの論理への普遍的共感を一切生み出さないところにある。)この平成20年代の東アジア状況が、日本のかつて置かれていた地位が日本の異常性ではなくて、世界状況における後進性に制約付けられていたことであるという印象を、補強するものである。

丸山も気づいたように、コスモポリタニズムを普遍思想として能天気に主張する大本は、先進地域である英米である。彼らは国難になれば、直ちにナショナリズムに変身することは、よくよく忘れずにいたほうがよい。では戦後日本の左翼がインターナショナリズムを楽天的に信奉し(むしろ反日を標榜する者が後を絶たない!)、ノンポリですら無国籍コスモポリタニズムの空気に安住する(空気であって、本当にコスモポリタニズムでは決してない。むしろ、露骨なまでの村社会である)ことが許されるのは、どうしてか。それは、戦後日本がずっとコップの中の嵐であり続けることができた、という稀有な歴史を1945年以降得ることができた、ということに由来するであろう。冷戦構造の西側に組み込まれた先進国、という絶妙のポジションが、それを可能にした。その根拠が崩れている今、かつてのコスモポリタニズムは昼の雪のように消えるより他はないのであろうか。

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2013年06月06日

『危機の構造』小室直樹

小室氏のことを、橋爪氏や副島氏が絶賛していることに、私は二十年前から密かな疑問を持ち続けていた。
それは、小室氏の学問が粗雑であるから、ということではない。
むしろ、彼の学問がそれほど新規なものであるという彼らの主張が、私には信じられなかったところにある。ウェーバー以降の社会学の延長線上にある積み重ねとして、小室氏の学問はあるということは、私には自明のように見えた。それはごく普通の学問の正道であり、まるで珍奇な予言者のように大騒ぎするべきことではないではないか。

小室氏は、日本企業の機能集団+共同体という社会的役割は、戦後日本の急性アノミーを収束させる結果、生み出されずにはいなかった構造である、とみなしていると思われる。いわゆる「40年体制」論の論拠である岡崎・奥野『現代日本経済システムの源流』の言う、「戦後システムは戦前の統制経済からの連続である」という主張と、時間スパンとして二十年ほど構造発生の時期が遅い。折衷するならば「40年体制」はシステムが発生した必要条件であり、戦後アノミーの収束としての日本企業共同体は持続的にシステムが運営される十分条件であった、というところであろうか。日本全体を擬似家族共同体として組織する丸山の描く日本天皇制体制が、近衛新体制運動により経済分野まで組織化され、戦後天皇制体制の擬制が取り去られた後に共同体の受け皿としてそのまま持続し、高度経済成長に適合的であったために拡大再生産された。このように統一的に理解できるだろう。

推理小説の例が、なかなか面白い。戦前の小説の舞台は村社会の中の家の葛藤である。それが戦後の小説の舞台では、会社の中の組織上の葛藤がテーマとなる。それぞれの時代において、人生最大のテーマを作る舞台が変化したことを、小室氏は捉えている。2013年現在、私が読んだ限りにおいて、会社を舞台とした推理小説もまた没落しているように見える。ここに、日本企業が共同体でなくなった小泉時代以降の社会が反映されている。現代の日本では、互酬原理を作動させる場が、明確に見えない。家庭でもなし、会社でもない。ネット上には濃厚な互酬原理が見えるが、これがリアル社会を編成するようには思えない。フェイスツーフェイスのコミュニケーションとヴァーチャル世界でのコミュニケーションは、本質的に異なると思われる。ネットで濃厚に互酬原理を楽しめる人間が、一日でもそれらの相手と同泊できるであろうか?

「共同体外とのコミュニケーションはマスコミの介在により外面的には頻繁となりながら、内実的にはますます無意味なものとなる。」(p106)
すでに、ネットに居場所を見出している無視できない数の集団が、このメンタリティーに移行している。彼らにとって、ネット世界だけが内実的に意味ある世界であって、それ以外の家庭、会社、学校、地域はすべて本質的な意味で無意味である。つまり損得を越えて心からコミットする価値がない。

このネットコミュニティの特質として、言語排他的である。他文化人とのコミュニケーション、相互理解を可能とする様式は、フェイスツーフェイスでの関係でなければいけない。フェイスツーフェイスと相容れないネットコミュニティーは、よって国語と文化によって強固に縛られている。ここに、小室の言う「非難拒否症的体質」が日本語が通じる日本国家とオーヴァーラップする危険がある。ネトウヨは、ネット社会が必然的にもたらす症状であるはずで、説得で解消できるものではなくて共同体の構造に由来しているのではないか。

小室氏は、70年代の日本の状況が単純アノミーである、という現状分析をしている。つまり、小室氏から見れば、この時代に「六〇年安保によって生じた国民的統合の喪失を回復するために導入された」高度成長が、このとき生活水準の向上を必ずしももたらさない、という規範の動揺が起こった。
それを社会的破局に陥らせないために、構造的アノミーが再生産される。構造とは、機能集団+共同体と化した企業の戦士たちが、共同体内で象徴的財(称賛、地位)を獲得するために無限に働き、それがしかも決して効用の上昇につながらない、という無間地獄である。アノミーなので、働くことに意味がないということがすでに自明であるにも関わらず、止められない。小室氏は、ここからの逃避行動の徴候として、自殺と破壊衝動を取り上げた。70年代過激派に対する現状分析である。

この構造的アノミーは、2013年現在大きく範囲を狭めていると思われる。大企業・役所の正社員の幅が、小泉時代以降狭くなっている。そして、大企業の周辺の亜共同体は、ほぼ解体されてしまった。しかしながら、構造的アノミーが解消される代替構造としての、共同体ではない労働力を評価する労働市場には、全く移行していない。正社員(構造的アノミーの残留社会に留まる)/派遣労働者(構造的アノミーから弾き出されて、複合アノミーにたどり着くことを強要される)の二重構造が、強化されている。

現在の日本社会はでは、小室氏の指摘する複合アノミーが際限なく細分化されて広がっていることは、明らかに思われる。さて原子アノミーとは、複合アノミーの広がるディスコミュニケーション社会において、それでも各小コミュニティーに配分される権力資源が、当事者にとって公共資源ではなくて私有資源のように印象されてしまう現象である。これは、非競争社会において腐敗となって甚だしい害をもたらす。日本の原子アノミーは、中国のそれほど露骨ではない。だが、確実に広まっているように思われる。比較的優遇された会社や役所に滑り込み就職できている社員たちは、その境遇を役得として感じ、侵害されることに激しく抵抗する。正社員たちが露骨な腐敗ではなくて隠微な既得権に逃げ込んで、新自由主義のいう「自己責任」のエクスキューズによって自分の既得権を正当化している。隠微な原子アノミーであり、東電がよい例であると思われる。

ところで中国であるが、小室氏は中国社会を宗族集団による相互扶助共同体が基礎にあり、その上を統合する権力としての中央集権官僚制がある社会、と見なす。
宗族集団は互酬的である(出世しそうな子弟には一族が全面的に支援して、その対価として出世した子弟に一族への利権配分義務が生じる)。宗族集団と日本の企業=共同体の違いは、前者は資本主義原理とは無縁の存在であり続ける、という点であろう。つまり、中国とは各宗族集団の共同体が、共同体の外にある経済から利権を奪って、それを共同体内で配分するシステム、ということであるはずだ。科挙試験によって選ばれた士大夫官僚システムは、完全にこのシステムに適合的であった。日本人が目を見張る中国官僚の驚異的な富と権威、同時に日本人が目を背けたくなる腐敗と天下国家への無責任は、このシステムが背後にある。
現在の中共は、経済成長を前提としているシステムに嵌っている。経済成長がある限り宗族集団は外部社会から利権を奪って配分できる期待を持つことができて、国家への求心力を持ち続けることができる。中華王朝が傾く原因は、決まって経済成長の行き詰まりであった。経済成長が行き詰まると、①富の獲得以外の価値を持たないため、低成長に甘んじるエトスを持つことができない②宗族を超えた社会全体への倫理観が育たないために、社会の格差拡大を緩和する社会的仕組みが育たない。こうして、社会は不穏な状勢が進行し、やがて農民反乱へと進むのがパターンであった。中国政府は上から①②を育てようとしているようであるが、おそらく困難であろう。ここから21世紀中国の「危機の構造」を読み取ってよいと思われる。

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『三酔人経綸問答』中江兆民

明治六年十月 政変、西郷、江藤、板垣、副島下野 (昭和25年、コミンフォルム日共批判)
明治六年十一月 内務省設置
明治七年一月 民選議員設立建白書 (昭和26年、サンフランシスコ条約、5全協)
明治八年 『文明論之概略』
明治十年 西南戦争 (昭和34年、安保闘争)
明治二十年 本書刊行 (昭和39年、東京オリンピック)

明治二十九年 『舞姫』 (昭和48年)
明治三十一年 国木田独歩『武蔵野』 (昭和50年)
明治三十八年 『我輩は猫である』 (昭和57年)

柄谷氏のひそみに倣って明治と昭和戦後をパラレルな歴史として並べてみるならば(柄谷氏は明治元年と昭和元年とを出発点として対比させるが、私がいま改めて配置してみるとこれにはかなり無理があるように思われるので、明治元年=昭和終戦と二十年ずらしてみた。こうすると維新=終戦という社会的・心理的転換が明確となり、明治四十五年=昭和六十五年となって終焉もほぼピタリと重なる)、本書の中江氏は維新=終戦時に21歳。戦前に土佐藩士であったところが維新=終戦による社会の激変を受けて、自由民主主義=共産主義の進歩思想の徒となる。本書は西南戦争=安保闘争の解決によって日本が富国強兵路線=高度成長路線を確定させた後の十年後に刊行されたものである。中江氏の問題意識は、自由民主義か富国強兵かという選択を、日本の置かれた状況から吟味するところにある。これを昭和戦後にあてはめるならば、共産主義(むしろ、戦後のバリエーションとしての、新左翼思想のほうが適切であろう)か高度成長かという選択となろう。

洋学紳士の理は、分が悪い。日本国民が非武装平和主義を取って、侵略の敵に武器を取らず、人類の進歩を信じて倒れよ、と説く。豪傑君の反撃に会うのは、いたしかたない。

(豪傑君)昔の文明国は昔の善く戦う者なり。今の文明国は、今の善く戦う者なり。

2013年の現在は、必ずしもそうといえぬ。これは、昭和戦前と同じ歴史的状況だからである。力ある者必ずしも正義ならず、である時代であり、よって豪傑君が依拠できた文明国はまた力あり、というイコールが成り立たない。ここに、世界世論の混乱の原因があり、またわが国の思想の大混乱の原因があるように見える。

グローバリゼーションは、戦後世界の進歩理念というべきではないか。洋学紳士も豪傑君も、ヨーロッパの列強が文明の進歩理念の体現者であるから正義であり、かつ強いことは、両者異論を持たない。日本は、このヨーロッパ文明に追随しようとして富国強兵に邁進し、ついに日露戦争に勝利して世界列強の一員として一応は認められた。だが、その日本は中江氏の豪傑君が想定していた文明国であったろうか。単に帝国主義時代の機会を掴んで国力だけ膨張した、理念なき文明国のエピゴーネンではなかったか。2013年現在、アメリカが主導したグローバリゼーションの結果として、それまで想定外であったBRICS諸国が恩恵を受けて膨張し、世界の列強に新たに入り込んだ。だが、彼らに世界に提供する理念があるかといえば、そんなものはない。現在は昭和戦前のように、世界は普遍的でない、地方地方でしか通用しない偏狭な理念がそれぞれの地方の国力にものを言わせて、言い合いしている世界分裂の状況であることを、現状分析として捉えるべきであろう。

豪傑君の「好新・恋旧」議論は、なんのために置かれているのであろうか?
豪傑君は人間の性情と国家の性情をパラレルになぞらえて、人間が闘争心を持つのと同じく国家も闘争心を持つのであるから、洋学紳士の非武装論は国の分割占領を招くだけだと反論した。これを南海先生は性理の言であり国家経綸ではない、と批判して、それから後豪傑君は日本の針路を述べる。

それは、日本国を強大化するための、帝国主義的侵略推進策である。
日本には多くの「恋旧」分子がいるから、これを壊滅させるよりはむしろ海外出兵の資本として運用せよ、という議論であることが分かる。
これを採用することは、もとより現代の日本ではできない。今の日本では、恋旧も好新も戦争など望んでいない。

(南海先生)進化神の悪む所は何ぞや。其時と其地に於て必ず行うことを得可らざる所を行わんんと欲すること、即ち是れのみ。
時世は絹紙なり、思想は丹青なり、事業は絵画なり。故に一代の社会は一幅の画幀なり。

ここにおいて南海先生、理想と現実の折衷案を出す。それは列強の侵略には断固として防戦し、しかしながら他国を侵略せず被抑圧諸邦と友好すること。具体論としては、当時すでに敵対関係にあった日本と中国において、その対立を両者の「神経病」と診断し、対立の原因は好戦でなく互いへの恐怖心にあり、ゆえに我が側としては対立を激化することを避けるべきである、ということである。

わが国は、理念としてはすでに世界の最前線を行ってしまっている。豪傑君の道はすでに野蛮であり、日本としては全く取ることができない。しかし、世界はいまだに洋学紳士の理想の世界にない。むしろ、戦後直後にはアメリカの支配の下に実現に近かったように見えた国連中心の世界平和が、今はアメリカの相対的地位低下、BRICSの台頭によって、遠ざかっている。
国内事情としては、仲正氏が指摘するように、理念の進歩と経済発展が一致しなくなっている。理念としては正しいと思われるグローバリゼーションによって、日本国民が窮乏化しているのである。これは、日本が「其時と其地に於て必ず行うこと」への国内の支持の力を、殺いでしまっている。

・理念としては、日本の必ず行うことは、周回遅れのナショナリズムではない。これは、「其時と其地に於て必ず行うこと」ではなく、追求しても体に合わない。
・現実的な世界政策としは、昭和戦前と同じ世界情勢である以上、無条件の平和主義は現実的に不可能である。理念を保ちながら、プラグマチックな外交が必要である。
・国内政策としては、グローバリゼーションによる窮乏化が国内から進歩理念への信頼を削いでいる。これは、経済政策によって可能な限り緩和するべきである。とりわけ、若年者および家庭の維持に注力するべきである。
・しかしこれではグローバリゼーションに十分抵抗することができない。貨幣経済の外側にある、相互扶助のネットワークを日本国民はもっと増やし、網の目を細かくしていって、貨幣経済に依存しすぎない生活を作り上げていくべきであろう。

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2013年06月04日

富-徳-位の三角形

貨幣経済以前の社会では、この三者は社会的に厳密に一致するよう、社会的調整のメカニズムが働く。

しかしそこに貨幣経済が侵入すると、この三角形が崩れる。
すなわち、まず位なしで富を得る者が現れる。
富を位に依存せず得た階層からは、やがて教養を得て徳を習得し、既存の身分秩序に挑戦しようとする者が現れるだろう。こうして、位と徳もまた必ずしも一致しない、という民主的思想が始まるだろう。富・徳・位の三角形は、孔子の時代にいったん崩れることとなった。

孔子が最も称えた顔回は、徳だけがあって富と位がなかった。これは、徳が富と位から独立している、という孔子の認識があることは、疑いない。

新しい時代には、徳がある者が位を得て富を獲得し、新しく生まれた階層が新しく正義の社会を作る、という理想が生まれるだろう。堯舜伝説とか、伊尹の伝説などは、貧困な出自だが「徳」だけを持った人物が賢明な王に抜擢されて出世し、「位」と「富」を得るというストーリーが露骨に見える。

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2013年06月03日

『経済の文明史』K.ポランニー

「古代国家では、私人に対する義務は必ずしもつねに厳格であるとは限らないのに対し、公人に対する義務は、『法的に厳格』である。」(p177)

バビロニアの「商人」とは、実際には公的手続きに従って買い付けを行う公的業務が主であった。これが、非市場社会の通常の姿であったろう。近代以前の公的貿易といえば、中国との朝貢貿易も、朝鮮との交易も、ノーリスクの事業である。

子貢が、私人として交易を行う条件など、あったであろうか。
魯を去った後の孔子教団は、各国を練り歩いて寄宿する、さながらユダヤ人集団のような性質を持ち始めたのではないだろうか。子貢の投機は、そのときに国の間の価格差に着目して行われたのかもしれない。(各国内での価格差は、春秋時代ではおそらく国家規制により存在しなかったのではないか。)
このような移動国家として自分で生計を立て始めたゆえに、各国から異端視されたのではないだろうか。

「経済分析は市場メカニズムという、アリストテレスがまだみたこともなかった制度の解明を目ざしているからである」「ギリシャ人は、市場の存在しない文明世界への新参者であって、ようやく市場交易へ転回しようとしていた新しい交易様式を発達させるパイオニアに、周囲の状況から無理矢理にならされてしまったのである。」(p189)

市場メカニズム=異なった財の間に公正な等価が存在し、国家全体が統一されたクリアなシステムの下にあることが認識される社会。この下に、思想が生まれ、社会改造思想もまた生まれたのではないか。

西洋では、メソポタミア、エジプトは市場メカニズムを必要としなかったので、思想は発生しなかった。無理矢理故郷から引き離されたユダヤ人が、初めて思想を開始した。ユダヤ人が同時に商業民族として目覚めたのも、バビロン捕囚以降であった。

ギリシャ人は、ウィットフォーゲルの言う亜周辺に位置し、戦士共同体の原理を持続したコミュニティを持っていた。その結果多数の都市国家に分裂して、国家の「間」がいたるところにあった。これが、思想を開始させた物質的条件であり、市場メカニズムが始まってしまった物質的条件でもあった。

孟子の一物一価論を見ると、戦国時代中期には市場メカニズムが存在していることが、当事者たちに意識されていたと思われる。(孟子が「壟断」を批判して公正価格を主張したことは、アリストテレスの投機批判と同じであることに注意!)そして、孟子~荀子~韓非子と続く儒家=法家思想家たちの系譜は、国家を上から改造統制しようとする、構成主義的倫理観であることにも注意。韓非子から100年後の司馬遷貨殖列伝は、明確に市場メカニズムが存在し、そこから投機によって利潤を得ることを正義としてあからさまに肯定している。貨殖列伝を読んだときに感じるある種の「不潔さ」は、現代の投機金融業界に感じるそれと、同質である。戦国期に始まり漢代前期に絶頂に達する市場メカニズムの横行は古代世界では空前の規模であり、社会的公正さの崩壊もまた空前の規模であった。漢代前期の経済成長が武帝期以降行き詰まったときに矛盾が表面化し、経済思想的には黄老道のレッセフェール政策から儒教の価格介入政策に転換し、ついに王莽の登場によって復古主義をたてまえとした経済統制政策に行き着いた。

春秋時代もまた、ギリシャ同様に多数の都市国家に分かれて、国家の「間」が多数存在した。これが、春秋末期から市場経済に次第に巻き込まれていった原因となったことであろう。これは、先行する中央集権的な殷帝国が蛮族の周によって襲撃・崩壊した後、同族の血縁的紐帯による支配者階層が分与された殷の遺民を奴隷として従える広域封建支配に移行したことによって、帝国化が妨げられた結果ではないだろうか。

「礼」について。
荀子においては、「礼」は富の公正な配分と、不可分に結びつけられている。富と身分は、比例的なのである。当然ながら、身分なしで富を得る商人は、原理的に排斥されることになる。
論語には、富と地位とが必ずしも一致しない、という不安が見える。(述而二)

ヨウ也四、公西赤のエピソード。礼に応じて富を配分することを、孔子が公西赤が実質的に富を持っているとして、拒否した。
ヨウ也五、原思のエピソード。原思が公米の支給を(たぶん十分に富んでいるから)辞退したのを聞いて、孔子が公米を郷里の者に再配分せよ、と言った。
子路が貧者に粥をふるまったたとき、孔子が礼に外れている、と非難したエピソード。

これらのエピソードは、富と地位とが一致せず、名誉ある者が富を再配分するという礼の秩序が崩れ、名誉なくて富がある素封家が現れ始めたことへの、社会不安定化への非難を示しているのではないだろうか。

アリストテレス『政治学』のシケリアの蓄財術(岩波文庫、60ページ)。
これは、買占めによる独占的利潤である。その買占め者は、君主ディオニュシオスによって追放された。これが、投機者に対する通常の為政者の姿であるはずだ。子貢だけが、許されたはずがない。彼は、最初孔子教団のために投機して各国から迫害され、後に投機の知識をもって国家権力の中に入って合法的に富を積んだのかもしれない。

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